なお、支持するかどうかは別にして、先のメガーズ&エバンズや古田武彦の縄文土器関連の研究も違った切り口から文化的接触を検証しようとする一つの試みであり、なかなか面白い。
最新の遺伝子研究の結果によって、アンデス高地の生粋のインディオと地球上で最も近いDNA配列を持つのは日本の縄文時代人であったという驚異的な事実が判明したのもメガーズたちにとって強力な援護材料だろう。 勿論、現代のいわゆる日本人が縄文時代人直系の子孫でないにしても、太平洋を対角線で隔てた最も遠い場所にいた民族同士が実は同族とも言えるほど一番の近親関係にあり、二つの民族に枝分かれしたのは進化カレンダーから見ればごく最近のことだった、という事実は一体何を指し示しているのだろうか。 今後も科学の様々な分野で新しい発見がなされれば、中南米考古学に限らずあらゆる分野で教科書の全面的な書き換えが求められるかも知れない。
この遺伝子研究に関して愛知県がんセンター研究所免疫学部部長 田島和雄は次のように記述している。
「 ...
ATL(成人T細胞白血病)を引き起こすヒト細胞中のHTLV1型ウイルスのキャリアは北海道と九州という日本列島の南北に際立って多く、それは縄文時代人の居住分布地域と重なる可能性が高い。 そして、これと同型か極めて近い型のウイルスが集中的に分布する地域はこの地球上でわずか3ヵ所しかない。 すなわち、日本、南米チリ、カリブ海諸島である。
南アメリカの先住民族に日本人の持つHTLV1が存在することは、研究を重ねるたびに明らかになってきた。 HLA(白血球抗原)のハプロタイプやHLAの遺伝子型の分布から、彼らの一部に日本人に近い集団がいる可能性はきわめて高い。
...(中略)...
これまで述べてきたことを要約すると、
1.日本は世界でもっともHTLV1が高頻度に分布している。
2.南アメリカの先住民族の中ではアンデス山脈に居住する集団に高率にHTLV1が温存されている。
3.HTLV1を温存する集団は外見が日本人に極めて類似する。
4.日本人に特異的に出現するHLAのハプロタイプがアンデス山脈の先住民族に出現する。
5.南アメリカ先住民族は日本人とミトコンドリア遺伝子の類似性を共有する。
6.アンデス地域住民のHTLV1の遺伝子配列は日本人のそれと類似する。 ... 」
(『モンゴロイドの地球 5』 所収
「HTLV1から見たモンゴロイドの移動」
田島和雄,1995,東京大学出版会)
文化伝播論者の弱みは、旧大陸から新大陸への影響ばかりが目立つ一方で新大陸から旧大陸へは何も影響を与えなかったのか、ということだ。 残念ながら古代中国・ベトナム・カンボジア・インド、どの国のどの時代の歴史書にも南北アメリカ大陸の民族や文明を示すと思われる記述は今のところ見つかっていない。 旧大陸の諸文明に対する新大陸諸文明の影響が極めて希薄で文献にもほとんど登場しない以上(古田説では裸国と黒歯国を南米大陸に同定するが)、G.ダニエルが言うように、新旧両大陸の文化交流や文化接触とは、結局は漂流をはじめとする偶発的な出来事によって何十年あるいは何百年に一度くらいの小さな事件に過ぎなかった可能性も捨て切れないところだ。 しかし、アメリカ考古学界はこのような偶発的な接触の可能性すらゼロであるとして否定し続けて来た。 一体何を怖れているのか、と勘ぐりたくなるほどだ。
もちろん、偶発的漂流説では、長い漂流で生死を彷徨い心身ともに疲労困憊した一介の漁民や商人に過ぎないであろう漂着者が、土器の製作方法や美術様式の細部まで熟知した上で自己の文化を他民族に正確に教示し、当地の文化変容を引き起こす程の影響を与えられるのか、という疑問は当然に生じる。 仮に文化的な接触が存在したとすれば偶然の漂着ばかりではなく、技術者集団や知識集団が明確に目的地を定めて太平洋を横断して行った可能性も考えるほうが自然ではないのか。