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太平洋横断接触
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― 太平洋横断接触について(5) ―


 日本における古代中南米研究との関連で非常に興味深いのは、文化伝播論の牙城であるウィーンで学んだ当時新進気鋭の文化人類学者たちによって日本国内における古代中南米文化の研究がスタートしたと言えることだ。
 研究の先駆けは故・石田英一郎(多摩美大学長)であり、その著書『マヤ文明』(中公新書.1967)はかつてマヤ文明の世界に足を踏み入れようとする初学者が必ず一度は手にする、平易で丁寧に書かれた、しかも廉価なバイブル的入門書だった。
 そして、現代の日本における神話学・民俗学分野で名実ともに第一人者であった故・大林太良東大名誉教授も、当初の専門分野は石田英一郎の後を受け継いだ先コロンブス期新旧両大陸の比較文化論だった。
 マヤをはじめとする古代中米文化研究の日本における草創期に大きな足跡を残した二人の著名な文化人類学者が、いずれもウィーン大学に留学してハイネ=ゲルデルンの謦咳に接したり、あるいは直接に教えを受けたという事実は大変面白い。 勿論、これは主に中米文化諸相の研究についてであり、南米研究の先駆けとしては泉靖一らがいることは言うまでも無い。
 なお、私の知る限り、現在の日本人研究者たちは象形文字の研究や発掘した遺跡・遺物の位相分析などミクロの研究にのみ没頭し、新旧両大陸の文化交流の可能性などという大局的な観点から研究している者は極めて少数の在野の研究者ばかりだ。 先人の切り開いた道は再び雑草の生い茂る荒野に戻ってしまった感がある。
 
 かつて、古代アンデス文明におけるジャガー信仰の起源と変遷をテーマに、当時の日本におけるその分野を代表する研究者たちがそろって参加した共同研究プロジェクトが国立民族学博物館によって設定されたことがあった。 そこでの数多くの研究発表の中から選別された7本の論文が『ジャガーの足跡 アンデス・アマゾンの宗教と儀礼』(東海大学出版会,1992)という一冊の本にまとめられている。  その論文集の中で思わず深い溜息が出てしまうのは個々の研究それ自体ではなく、最後の“編者あとがき”の中の一節だ。
 「 アンデスのみならず中米も含めて、新大陸の文化・文明が旧大陸からの伝播の結果発展したものだとする、トランス・パシフィック・コンタクトの論議が、今世紀半ば学界を賑わしたことがある。 この時期、チャビンの表象の起源が中国の周や東南アジアに求められたことがあった。 しかし、この種の議論には、これを否定する決定的証拠がない以上に、肯定する証拠が乏しい。 」
( 蛇足ながら、この“あとがき”の執筆者は、太平洋を越えた文化的接触を認めるベティ・メガーズの著書『アメリカの先史文化』日本語版共訳者の一人でもある。)
 「この種の議論」などという表現で、既に遠い過去に済ませた通過儀礼の一種に過ぎないかのような、あるいは笑い話として茶化すかのような、この記述には只々唖然として暗鬱な気分にさせられる。



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