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太平洋横断接触
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― 太平洋横断接触について(6) ―


 言うまでも無く、考古学、特に中南米考古学は毎年のように新しい研究成果が発表され、急速な勢いで新事実が明らかになりつつある。 考古学や歴史の解説書も数年経てば古くて読むに耐えなくなる。 未発掘で手付かずのままの状態に置かれた遺跡地点も膨大な数にのぼり、いつか発掘や調査が始まるのを密林や砂漠の中でじっと待っている。
 そうであるにもかかわらず、米国中心の学界に無視され抹殺され、厚いホコリに埋もれた50年以上も昔の学説を再び引っ張り出す価値があるのか、という疑問も湧く。 私はあると思う。
 猿人から原人となり、ホモ・サピエンスとなった我々人類がどのようにして単純かつ素朴な文化から高度に複合しあった体系的な文明を作り上げて来たのか、そしてこれから将来、人類が作り上げてきた文化・文明はどのような道を辿ろうとしているのか、それを考察する上で新旧両大陸の文化発展過程の比較解明は非常に有効な手がかりとなるからだ。
 
 人類は完全に隔絶した環境の下でもほぼ同一の文化の発展過程をたどり得るものなのか、それとも他者との接触で得た知識に刺激されながら自己の文化を発展させて来たものなのか、これは1万年に亘る壮大な実験の結果を見極める作業に他ならない。 多くのアメリカ人考古学者たちのように偏狭な視野や宗教じみた信念に囚われていては二度と繰り返すことが絶対的に不可能な実験の結果を完全に見誤ることになり、人類が連綿と積み上げて来た知的財産目録に取り返しのつかない大きなブラックホールを作ってしまうだろう。
 
 新大陸考古学史の上で、この論争は学界でのヘゲモニー争いや研究者間の個人的な感情の軋轢によって両極端に振れ過ぎてきたきらいがある。 「新大陸の高文明はほとんどすべてが旧大陸の文明から伝播したもので何か少しでも類似するものがあれば旧大陸の影響だ」と決め付けたハイネ=ゲルデルンらのかつての主張は余りにも極端過ぎるものだった。 また、その反動として「新旧両大陸間にはコロンブスまで完全に何一つ文化接触など存在しなかった」と感情的に応酬してきた米国中心の学界主流も文化伝播を意図的に矮小化し過ぎている点で全くの論外だ。 さらには、その周辺に寄生している「伝播が存在したかどうか明確には判らないので、そんな問題は放置しておこう」という無責任な日和見的立場をとる研究者たちは専門家を名乗る資格すら無い。
 
 謎と神秘の文明などといつまでも称されることを専門家として恥ずべき事だと感じ、文化接触や伝播を類推させる事象の存在を明確に認めた上で、何が伝播によってもたらされた可能性がある物で何が偶然の類似による物なのかの見極めと峻別、という極めて困難な作業を地道に遂行する姿勢が求められる。 それだけの高度な専門的能力を備え、かつ真摯な態度で臨んでいる研究者は残念ながらそれほど多くない。
 「ハイネ=ゲルデルンが指摘したように、伝播主義とは従うべきドグマではなく、文化のある現象を説明するのに妥当と思われる一つの方法である。 すべての現象を無理やりに伝播の結果として説いてはいけないが、事実を見た上で、伝播説で説明可能のところはその方法で説明すべきであるということである。」
(『文化人類学15の理論』 所収
  「文化伝播主義」クネヒト・ペトロ,中央公論社,1984)
 これこそが文化伝播に関して最も妥当な見解であり、私がこの拙文で言いたいことはこのクネヒト・ペトロの一文に尽きる。
 
 「伝播か独立起源か」という論争は完全に決着がついた遠い過去のことである、などとしたり顔で得意げに話す人類学者や考古学者たちは、これから現れて来るであろう新事実にどのような態度を取るのか楽しみでもある。 J.H.スチュワードのように、「理論に合致しない事実は採用しない」などと厚顔無恥な戯言を言って開き直るのだろうか。 R.ウォーカップは文化伝播説を 「アマチュア的な思いつき」 と酷評してみせたが、トロイ発掘を例に出すまでもなく、これまでに 「アマチュア的な思いつき」 によって学術上極めて重要で斬新な多くの観点が切り開かれてきたことをウォーカップが認識していないとは考えにくい。 「アマチュア的な思いつき」とは文化伝播の考え方に対する最大限の賛辞なのかも知れない。
 
 文化伝播や文化接触の研究は超古代文明や宇宙人などの荒唐無稽な話とは次元が全く違う。 これらと一緒に論じてゴミ箱に放り込めば済むような問題ではない。 ハイネ=ゲルデルンやイェンゼンらが今では誰も見向きもしない忘れ去られた過去の名前であっても、伝播主義がいかにも時代遅れで今流行りの考え方でなかろうとも、太平洋横断接触など口にするだけで胡散臭いトンデモ話と決め付けられようとも、素人受けをねらったデッチ上げだと嘲られようとも、そんなことはまったく問題ではない。 野良犬のような西洋人どもが新大陸の人と文化を蹂躙する以前、新旧両大陸の間に何があったのか、その真実を追求するのに流行り廃りは無いはずだ。 何はともあれ、故意か無知か、頭から否定するだけで論破したつもりになっている「知ったかぶり」をした「専門家」たちが余りにも多いのには呆れる他ない。
 
 私は中南米の古代史に関心を持つただの素人に過ぎないが、古代中南米の実像が学者たちのメンツや嗜好で歪曲されることの無いようにと願うだけだ。

*** ひとまず終わり。気が向いたらまた書き加えることがあるかも***




 なお、この拙文は 学生時代に 『EL-CRUCERO』 (早稲田大学ラテンアメリカ協会事情部門機関誌)へ私(K)が寄稿した「コロンブス以前の新旧両大陸の文化交流について」より一部を抜粋し、大幅に加筆修正したものです。

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