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太平洋横断接触
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― 太平洋横断接触について(3) ―


 コロンブス以前の新旧両大陸間の文化に多くの類似性があることを主張したのは、50年も昔の1950〜60年代にかけてウィーン大学の
ハイネ=ゲルデルン博士 を中心とした文化人類学の学者たちだった。 今では伝播主義の最後の論者として扱われ、既に忘れ去られた過去の遺物のようなハイネ=ゲルデルンと彼の学派。 この名前を聞いただけで失笑する研究者たちも多いことだろう。 だが、本当に彼らの調査・研究成果はこのような忘却の彼方に追い遣ってしまってよいものなのだろうか。
 ハイネ=ゲルデルンたちは文化交流を連想させる実に多くの事物を指摘しリストを作成した。 ほんの一例を挙げれば以下の通り。
 
   ・ 共通の栽培植物(木綿、ココ椰子、とうもろこし)の存在
   ・ 美術モチーフの共通性
       メキシコタヒンと周代後期との類似
       ペルーのチャビン期と中国の周代中期との類似
       サリナール期と周代後期の類似
       パナマのチリキ文化とベトナム地域のドンソン文化との類似
       マヤ後古典期とインドのアマラーヴァティとの類似
   ・ 特定の色と結びつく世界観
   ・ 遊戯の同一性(メキシコのパトリとインドのパチシ)
   ・ 洪水神話
     その他

 特に注目されるのは木綿であり、紀元前2500年にペルー海岸地方などで人為的に栽培されていた木綿は、人間の手で人為的に交配されなければ自然状態では決して出現し得ない旧大陸の栽培種と新大陸の野生種との交配によって作り出された合成種であった。 この事実について、新旧両大陸間の文化接触を認めたがらない考古学者や植物学者はまったく説明出来ないまま今日に至っている。 大陸移動論によってこれを説明しようとする説( たとえば、田中正武『栽培植物の起源』NHKブックス など )も唱えられているが説得力は弱い。
 美術モチーフの類似性については、
* 図版参照
 文中で引用した以外の参考文献については * こちら
 
 確かに現在の最先端の研究結果や知識に照らし合わせれば、ハイネ=ゲルデルンらの唱えた文化伝播理論には多くのホコロビも目立つ。 中にはどう見ても無理なこじつけと思われる例もあるし、明らかに誤った年代測定の上に成り立っている例もある。 さらには民族差別や人種差別に結びつく懸念がある面も否定出来ない。 しかし、それらの問題は別の機会に改めて検討されるべき課題であって、彼らが精力的に探査し指摘した新旧両大陸間の多くの類似性の事実を完全に否定し無視してしまう理由には到底なり得ない。 縄文土器とエクアドルのバルディビア土器の関連性研究で著名なベティ・メガーズ博士が新旧両大陸間の文化の類似について述べていることが、文化伝播あるいは文化接触の存在を端的に言い表している。
 「形態がその機能によって制約される道具の場合には、独立した発明ということも考えられるだろうが、芸術上のモチーフ、神々の属性、階級記章、神話そのほか恣意的な空想の所産が重複して発明された可能性はきわめて小さい。」
(『アメリカの先史文化』,学生社,1977)
 このメガーズの言葉と、先のスチュワードの言葉、すなわち「伝播の証拠は、二次的な特色のユニークな質にあるのであって、社会や経済、宗教のパターンの基本的タイプ(文化の核)の特色にあるのではない。」というのは全く同じことを述べていると思えるのは私だけだろうか。
 また、伝播を考える上で「神話と伝承」も忘れてはならないもう一つの手がかりだ。
「 …(穀物盗み神話が新旧両世界の遠く隔たった各地に見出されることについて) 神話的思考が、その結合がけっして偶然とは思われない個々の諸特徴を共有するこれらいくつかの物語を、何度となく、地球上のいろいろな地域で生み出したと考えられるだろうか? あるいは、どの話もある一回限りのゲシュタルトウング(形成)に起源をもち、その一回の形成が過去のいくつかの時代の宗教的表象界に強く刻印を押し、所々で今日までそれが維持されているのだろうか? 神話の分野のみならず文化の全領域において数々の謎を投げかけるこのような平行現象に対して、相互の関係はまったく存在しないとする学者もいる。 …(中略)… いわゆる平行発生論の信奉者たちは、そのような一致をもっぱら人間の心性によって説明しようとしている。 彼らは次のように信じているに相違ない。 すべての人間にはまったく同様の心的条件がそなわっており、いつの場合でも、新旧両世界においてまったく独立に、同じ神話が作り出されうるのであると。
 この非現実的仮定については、これ以上議論せずにおいてもよかろう。 それより、この地球上の各地の民族が有する同様の神話は同一の起源に由来し、ずっと昔に伝播したものにちがいないと想定すべきである。」
( A.E.イェンゼン 『未開民族の神話』 )
 メガーズやイェンゼンが言うように、何か元となる物を見たり触れたり聞いたりして、その模倣から出発するのでなければ、宗教センターの軒先を飾る装飾文様や神が生まれ変わる想像図などの 「人間の気まぐれ的な空想の産物」 が細かい部分まで一致する偶然など有り得ないに等しい。 ましてや、それが一つや二つの例ならともかく、報告されているだけで何十例もあるということは偶然では片付けられない問題だろう。 類似の環境刺激に基づいた平行的発明などという言葉では説明不可能な事例が多すぎる。
 
 古代に中国人やヨーロッパ人たちが新大陸へ渡航した可能性を探ろうとする考え方について、自民族の優越性を証明する意図を持った中国人種や、新大陸征服の免罪符としたいヨーロッパ人種たちが作りだした「偽史」であると主張する者も多い。 そのような人間にとってはコロンブス以前の新旧両大陸の文化接触や文化伝播など、泡沫の如く生まれては消え、消えては性懲りもなく蘇る「唾棄すべき素人の浅知恵」として映るのだろう。 だが、そのような「偽史」論者たちが拠り所とするのは意図的に偏ったフィルターで物事を見るので有名な某「大家」だというのは何とも可笑しい。



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