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Chichen Itza - 3


チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿と千本柱の間
 
チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿
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チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿 千本柱の間
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 メキシコ中央高原にいたトルテカ族がユカタン半島北部に移住し征服した証拠だと長い間考えられてきた建物が、この戦士の神殿。トルテカ族が故郷の都トゥーラに似せて作ったと言われていた。

 しかし、トピルツィン=ケツァルコアトル王に率いられたトルテカ族がチチェンイッツァにやって来てマヤ族を征服した、などと考える研究者は現在では少数派となっている。
 この戦士の神殿もトルテカではなくてマヤ自身が建てたものであり、「トルテカの影響以前に建てられたマヤ族のオリジナル建造物群」とされるカラコルなど“旧チチェン地区”の諸建築が造られた時期は、実際には戦士の神殿よりも新しいのではないか、と考える説が有力となりつつある。“旧チチェン”と“新チチェン”に区別して考えるのは、今ではまったく意味が無いのかも。

 
 
 
 
 
チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿の上にあるチャックモール像
 
チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿の上にあるチャックモール
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 戦士の神殿の上に野ざらしで置いてあるチャックモール。
 このお腹の上に人身供犠の犠牲者から取り出してまだピクピク動いている心臓を乗せたという。
 なお、聞くところによれば、現在この戦士の神殿は立ち入り禁止で登れないらしい。
 このチャックモールは強烈な太陽光線の下で見るとそれほど気味悪くは感じない。カスティーヨの暗闇の中に閉じ込められたチャックモールのほうが何倍も不気味だ。
 これに座って記念撮影をするおバカさんもいるらしくて、
 “Don't sit down!” という木札が石像のお腹の上に置いてあった。
 立ち入り禁止となってしまった現在ではレプリカが神殿上に置かれているという話だが、まだこの当時、置いてあったのは紛れもない本物。誰でも手で触れたり座ったり(!)することが出来た。
 
 
 
 
 
 
チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿頂上の最奥部
チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿頂上 一番奥
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 チャックモールの更に奥、戦士の神殿頂上の最も奥には12人の神々が大地を支えているという石彫が現れる。ギリシャ神話のアトラスに似た発想。
 
 
 
チチェンイッツァ遺跡 戦士の神殿頂上
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 戦士の神殿頂上にも千本柱の間と同じデザインの石柱が立ち並んでいる。
 
 
 





チチェンイッツァ遺跡 球戯場
 
チチェンイッツァ遺跡 球戯場-1
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チチェンイッツァ遺跡 球戯場-2
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チチェンイッツァ遺跡 球戯場の側壁
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 サッカーとバスケットボールを一緒にしたようなマヤの球戯は楽しみながらするスポーツなんかじゃなく、宗教的な人身供犠の一種だったと考えられている。勝った側(一説によると負けた側)は生贄として心臓を取り出されて殺された。競技者は勝つと生贄にされてしまうし、負けても何らかのペナルティがあっただろうし、どちらになっても悲惨な結末が待っていた。

 マヤ文明が謎とされる理由の一つは、せっかく作り上げたユカタン半島南部の神殿や都市を惜しげも無く何度も放棄して半島北部の他地域へ移動して行ったこと。
 解説書の中には、食事の途中で全住民が突然どこかへ姿を消し去った、みたいな馬鹿げたウソ八百を堂々と書いている本もある。
 (マヤには少なくとも2度にわたって宗教センターの放棄や崩壊があったという。すなわち先古典期の崩壊および古典期の崩壊。
 
 都市を放棄した理由については、民衆の支配者層への忠誠心の喪失による崩壊とか、暦によって世界の終末を予見したためとか、環境破壊で食料生産が追いつかなくなったとか、疫病の流行とか、戦乱によるとか、いろいろな説が言われている。この時代の子供たちの骨から見て栄養失調が多く、それが放棄と関係あるのではと言う研究発表もある。しかし、栄養失調はマヤに限らず全世界的に見て多くの古代社会では当たり前のこと。
 結局、次々に都市が放棄されていったのは様々な原因が複合しているためという玉虫色の説明に今のところ落ち着いているらしい。
 でも、都市を出ていったのは支配者層だけで、多くの農民たちは結構長い間そこに留まって暮らしていたことも分かって来た。この先もっと調査や研究が進めば放棄された状況や原因がより明確に特定されて行くはず。

 
 
 
 
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