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Teotihuacan

 
 テオティワカンは古代メソアメリカで最も重要な都市と文明。
 マヤもトルテカもアステカも絶対にテオティワカン抜きには語ることが出来ない。
 紀元前2世紀半ば頃から紀元後7世紀にかけてメキシコ中央高原で繁栄したテオティワカンは、最盛期には人口が20万人程度の当時世界最大の都市の一つ。オルメカとの間には多くの連続性が認められるという。
 テオティワカンの繁栄を支えたのは広範囲な交易だったと思われる。塩や黒曜石製品や彩色三足土器などをマヤ地域にもたらし、それらの遺物がグアテマラやベリーズのマヤ遺跡から出土している。圧倒的な経済力と軍事力を持ったテオティワカンの有形・無形の強力な影響は中米のほぼ全域に及び、それはカミナルフユなどの南部高地で特に強く、マヤ地域の大都市だったグアテマラのティカルやベリーズのアルトゥンハさえも影響下に置いて意のままに操縦していた証拠がたくさんある。
 ただし、テオティワカンが7世紀半ばまで中央アメリカの経済的ネットワークの中心に君臨していたのは間違いないが、それを発展させて中央集権的な統一国家の形にすることはなかったようだ。マヤの中核となる宗教センターに政治的・経済的・文化的に大きな影響を与え続けたにもかかわらず、狭い意味でのマヤ文化圏とは一線を画していたらしい。

 
 
テオティワカン 太陽のピラミッド
テオティワカン 太陽のピラミッド
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 テオティワカンには「孤高の都市」というイメージがある。
 実際には圧倒的な経済力や、時には軍事力にものを言わせて他の都市国家を隷属・服従させ、搾取していたのかも知れない。中米各地のマヤ遺跡にはそんな証拠が山ほどある。
 でも、やはりテオティワカンは侵略などとは無縁で武力よりも文化に重きを置いた国家であって欲しいと思う。

 不正確な復元なのではないか、との批判もあるテオティワカン遺跡。だけど、太陽のピラミッドの頂上に登って心地のいい風に吹かれながら廃墟を眺めていると、孤高ゆえの哀愁と気高さみたいなものが漂ってくる。
 
 このテオティワカンの神殿群は雨が降るのを乞い願うために造営された。
 遺跡を南北に貫く死者の大通りは通路ではなく水をたたえた巨大な人工池だったのではないか、とも言われている。

テオティワカン 太陽のピラミッド頂上
K…

 
 
テオティワカン トラロックとケツァルコアトル
 
雨の神トラロック
 
羽毛のある蛇ケツァルコアトル
 
 メガネをかけているような雨の神トラロックと襟巻きをした蛇のような主神ケツァルコアトル。

テオティワカン トラロックとケツァルコアトル
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テオティワカン KとT
昔の2ショット...こんな頃もあったんですねぇ(汗)

 
テオティワカン
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テオティワカン トラロックとT

 
 
 
 
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