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第4日目 part3

 
 
 
マチュピチュ遺跡 3つの窓の神殿
 
マチュピチュ 3つの窓の神殿
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マチュピチュ 3つの窓の神殿
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 台形の窓が3つあるので3つの窓の神殿と名付けられた建物。
 3つの穴から初代皇帝となる人物や肥沃な国土その他が生み出されたというインカ帝国の創造神話に基づいて作られたのではないか、と言われている。でも、これもよく判っていない。

 そもそも、その歴史が今もよく判らないのは、中米のマヤやアステカと違ってインカ文明が体系的な文字を持たなかったからだ。スペインの征服者や宣教師たちも大半がインカ帝国の歴史や文化にはほとんど関心を払わず、征服を記録したはずのクロニスタたちの記述も不正確きわまりないもので、自分たちが殲滅した民族に関するきちんとした資料集めさえ怠っていた。
 
 だから、これから先も古代南米の諸文化は「〜と言われている」とか「〜らしい」という曖昧な説明しか出来ないだろう。
 
 
貴族居住区入口?
 
 
 
 
 
マチュピチュ遺跡 張り巡らされた水路と農業用テラス
マチュピチュ 水路
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マチュピチュ 農業用テラス
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 今も清冽な水が流れ落ちている水路。 このマチュピチュの灌漑技術も驚異的なもの。丘陵の等高線に沿って水を引き、盛り土をしたり逆に削ったりしながら導水する技術によって、ほぼ山の頂に位置するマチュピチュでも豊富な水量の水道が完備されていた。

 マチュピチュ遺跡が貴重なのは、神殿や宮殿のみならず、一般庶民の住居跡もほぼ完全な形で残っていることにある。
 インカ帝国の首都クスコをはじめ他の都市遺構の一般庶民の住居はスペイン人たちによって徹底的に破壊され、頑丈すぎてどうしても壊せなかった神殿や宮殿の跡だけを残して後は全てスペイン風の町並みに作り変えられてしまった。だからインカ時代の普通の人々の暮らしを知る上でもマチュピチュ遺跡は大変貴重。
 
 
 
 
 
 
マチュピチュ遺跡 インティワタナ
 
マチュピチュ インティワタナ
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 遺跡の西の端の神殿にある石。日時計だとか太陽を祀る施設だとか、これまたいろいろな説がある。

 春分や秋分などの年間の重要な区切りとなる日を知るための設備というのが有力だが、実際に春分・秋分・夏至・冬至などとこの石が何か関係しているという証拠は何も見つかっていない。
 また、時刻を知るための日時計という説も、日時計は曇りや雨では全く役に立たない点で説得力が弱い。特にマチュピチュは1日の間でも天候の変化が激しい場所なのだから、これだけ自由自在に水を操る技術や能力がある以上、時刻を計るなら水時計のほうが余程便利なはずだ。
 このインティワタナに類似した石造物はマチュピチュだけじゃなく、インカ帝国時代の他の遺跡にも数多く残っている。一体何だったんでしょ?

 他に「聖なる岩」なんていう大岩もある。
 
 
 
 
 
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